これの続き
臨也が動く度に身が焼き爛れそうで、過ぎた快楽に必死に歯を噛み締めた。覚えたばかりの性交に、それまでの俺の淡白さが何処へ行ったのか、病み付きになった。相手が臨也だったのも手伝った。知らないこと、知るのはとても怖かったが、同時に一緒に連れて行ってくれとも思っていた。
高三のあの日、臨也は何時にも増して無口だった。何を考えているんだろう、終わったら終わったでさっさと後片付けを始めてしまう。汗が噴き出た。次に臨也が何をして、何を言うのか俺は知っている。
「なにそれ」
言わないでくれ。何度、何度その言葉を聞けば俺は解放される。
これが夢だと知っている。これが現実だとも知っている。
「気持ち悪い」
知ってる。知ってるから、何もかも。お前が俺のことなんて嫌ってるって事なんか判り切ってるから。だからもう何も言わないで。俺が間違ってたんだ、全部悪いんだ。こんな事、考えてもいけなかったのに。臨也、臨也。夢の中の俺はどんな顔をしているんだ。この時の俺は、お前に愛されたいとだけ思ってた。でも、今の俺は、……違うんだ。
現実の俺も汗をかいていた。魘されていたとはっきり判る、全身の倦怠感。瞼のふちにはうっすらと涙さえ浮かんでいた。夏の熱帯夜のような寝苦しさで、息がしにくく起き上がる。布団が邪魔だ。
だが、捲った布団の所為で俺がひとりで寝ていた訳じゃないと思い出した。隣にある身体、恐る恐る頭の方を見れば、穏やかな顔で臨也が眠っていた。夢と現実が混同する。さっきの現実は。さっきの俺が見ているのが今の夢? 呼吸が、出来ない。
「……っ」
これは、現実だ。そう。握られていたように臨也の手が俺の傍にある。俺はまたあの夢を見たんだ。
臨也に明確に拒絶された苦い記憶。数年前まで、脳が拒否反応を起こして忘れていたもの。だから、見るのは、此処最近になってから。臨也が俺に触れてきた時から。
「う、う」
息が、息が詰まる。喉を抑える。俺は今までどうやって呼吸してきた? 臨也の寝顔がぼやけた。酸素不足で涙が零れる。この男が、俺を一喜一憂させる。俺の好きな人、愛して欲しい人。でも、でも最近じゃ、違う事を考えるようになった。
嫌だ。臨也に嫌われたくない。愛してくれなくても良いから嫌わないで欲しい。汚い心と身体を知られたくない。嫌わないで欲しい、嫌わないで。
そっとベッドから降りる。強い吐き気と、がんがんと頭痛がひどい。駄目だ、見られたくない。
臨也に迷惑をかけて、呆れられるのも、飽きられるのも、駄目だ。一秒でも長く俺を嫌わないで欲しい。その為ならなんだってするから。
部屋から出てトイレに駆け込む。出来るだけ声を出さないようにして吐く。意識が朦朧とした。便座がぐらついて、バランスが保てず膝を着く。耳鳴りまでしてきた。
息が上手く出来ない、上手く出来ないとこんなにも辛くて不安だ。臨也を起こしたら迷惑になる、邪魔したら駄目だ。だけど、えづく度に声が出てしまい、これでは臨也が物音に気付くのもそう遅くはないかもしれない。外に出ないと。
ドアを開けて短い呼吸を繰り返した。このマンションを出ようと思ったが、この状態で警備員に見つかったら色々不味い。不審に思われたり心配されるだけならまだ良いが、それで臨也に連絡でもしようものなら。涙が止まらない、こちらからなら屋上のが近いと思い、壁伝いに階段を昇った。辿りついたそこは強風で、部屋着のままではとても寒かった。髪がばさばさと揺れたが此処なら大丈夫だとひどく冷たいコンクリートに腰を下ろす。自然に収まるのを待とう。少しずつ冷静になってきて段々呼吸も落ち着いてきた。朝まで待って臨也が起きる前に帰ろう。
携帯も腕時計も持っていない状態では現在何時なのか検討もつかないが、東を見ても太陽の影すら見えないからまだ深夜の2時か、3時くらいだろう。音が聞こえるくらいの強い風が肌を叩くが、もう戻れない。臨也の声が反復される、ずっとずっと。俺に囁いてくれた愛の言葉は全部、俺の妄想だったんじゃないかというくらい、強く頭に残っていた。
寝る前、臨也は俺になんて言ってくれた? というよりどういう経緯で俺は此処に居るのか、それすらも思い出せない。俺はもう、夢を見すぎた。呼吸とは関係なく、瞳から再び涙が落ちた。
身じろいだ拍子に背中が晒されて、やけに内側に布団を引っ張っている事に気付いて真ん中に持ってこようとしたが、ふと違和感を感じて反対方向に眼を向けた。
「……あれ?」
寝惚けているのだろうか。確か今日はシズちゃんが泊まりに来てる日だったような……? 期待し過ぎて夢でも見てしまっていたのか。確かに一緒に寝たと思ったのに。我ながらやり過ぎに苦笑した。試しに空いている空間に手を置いてもひんやりとしていて人が寝ていた形跡が無い。じゃあ今日の夜だっけ、と日付を確認しようと携帯に手を伸ばす。ディスプレイに表示された日付に俺は盛大に眉を寄せた。
「……」
俺は記憶力にはかなりの自信がある方だが可笑しい。確かに今日、のはず。メールを確認してみれば昨日の夜にちゃんと泊まりにおいでよ、という旨のやり取りが残っていた。冴えてきた頭が、昨日静雄をこの手で抱き締めてキスしたことを思い出した。
と、なると、何故彼が居ないのか。床に足をつけると、ベッドの傍に静雄が持ってきた鞄が置いてあって彼が帰った訳ではないことを知り安堵する。あの静雄ならやりかねない。じゃあトイレだろうか?
「シズちゃん何処ー?」
開いていたドアを不思議に思いトイレを見てみたが誰も居ない、だが、眉を顰めたくなるような臭いが微かに残っている気がする。胃液のような……。
寝室に戻るとサイドテーブルに携帯と時計が置いてある。つまり、帰ってはいないが、此処には居ない。
念の為玄関まで行ってみると鍵が開いている。そして何より、静雄の靴が無かった。
「……!」
携帯すら持たずに出て行ってしまったのか? 急いで着替え、エレベータで一階まで降り警備室の扉をノックして誰か外に出ていないか聞いたが特に誰も出ていないらしい。靴は無いから何処かに行った、だけどこのマンションからは出ていない。
もう一度エレベータに乗り、躊躇ったが最上階を押した。彼が行きそうな場所を全部調べるしかない。屋上までは階段を使わなければならず、音を反響させながら昇る。扉を開けて、薄着で来た事を後悔した。とんでもなく風が強く思わず腕を抱き締める。
「シズちゃん! 居る!?」
強風に負けないような大声で叫ぶが返事は無い。此処じゃない。なら用は無いと踵を返した。階段を降りかけた所で、ふと風に混じって嗚咽が聴こえたような気がした。戻ってコートを抑えつけながら静雄を探した。
「シズちゃん! シ……」
居た。
だけど、信じられなかった。
「……、ちゃん……?」
俺以上に薄着姿で静雄は建物の影に蹲るように座っていた。一瞬死んでいるのではないかと思うくらい生気が無く、さっと血の気が引いた俺は静雄の傍に跪いて身体を抱き起こす。
「シズちゃん!」
まるで氷に触っているかのよう。一体どれだけの時間をこうしていたのか考えたくもない。顔を上げさせて頬を叩くが、真っ白な顔で眼を閉じているから凍死してしまったのかとぞっとした。静雄は震えながら瞼を持ち上げる。気絶していた訳ではなく、意識が吹っ飛んでいただけだろう。生きていた事に安堵し、抱きかかえようとした俺の手を何故か静雄ははたいた。
「え?」
「だ……だめだ……」
青くなっている唇で何を言うのかと俺は虚を突かれ動きを止める。俺の顔を見上げた静雄はひっと息を呑んで頭を抱える。
「お、ねが……嫌うな、……嫌わないでえ……!」
「どうし」
「全部俺が悪いから、俺が我慢するから、い、嫌なことあったら、殴っても詰っても良い、だから、でも、嫌われたくない……!」
一体何を、
突然何を言い出すんだ。流石の俺も準備が出来ていないと何の話か理解出来ない。でも、深く考えず言葉のままに受け取れば馬鹿なことをと俺は笑う。俺が静雄を嫌うなんて。
俺を受け入れているのか、拒絶しているのか判らない。彼に何があったのか判らない。
「俺、お前に全部、う、疑ったり、そういうのも、全部隠さず見せるって決めて、て、だけどやっぱそんなの無理で……! 色々考えた、けど……俺なんか、見てくれる訳ないって……でも、それでも良いんだ。臨也はなんにもしなくて良い、から、ただ、嫌わないでいてくれたら……」
段々と荒くなっていく息遣いに静雄が過呼吸を起こしかけていると直感した俺は即座に紙袋を探したがそんなものを常備しているはずはなく、咄嗟に静雄の頭を抱えた。嫌がられるかと思ったが意外に抵抗が無く、そのまま冷え切った体を抱き締める。
「お願いだシズちゃん、今はなんにも考えないで」
大きく肺を上下させている静雄は言う事を聞いてくれて大人しくなった。大分落ち着いてきたのを感じ取り、自然な動作で身体を抱えた。弱っている所為か身動きもせず、落とさないようにゆっくりと階段の方に向かい一段ずつ丁寧に降りる。
「……いつも」
相変わらず身体は冷え切っていたが、声の調子が戻ってきた静雄は遠い眼をしながら俺を見て微笑んだ。
「臨也の事を考えた時は、臨也の夢を見るんだ……。高校の、俺が告った時の」
「ああ……」
極めて思い出したくない出来事だ。
「いつもいつもいつも、臨也が俺に有り得ないって、気持ち悪いって、言う所を見る……毎晩あの言葉を思い出すんだ」
腕が辛くなってきたので足だけ下ろしながら、どうして静雄がパニックになっていたのかを少しだけ理解した。一度心を折った時の事を、精神的に弱い彼が何度も夢に見れば誰だって気が滅入るに決まってる。
「……だけど」
エレベータに乗りこんで俺に身体を預けながら、静雄の眼から涙が落ちた。胸が痛む微笑み方だ。
「今日の夢は……違うんだな……俺の都合の良い夢だ」
「違うよ、シズちゃんが今見てるのは現実だ」
「……優しいな、お前……でも俺は……臨也にだけは嫌われたくねえんだよ。好かれなくても良いから……」
笑いながら引っ切り無しに泣く静雄に心が締め付けられる。一体君は、どれほど自分を追いつめれば気が済むんだ。自分でなんでもかんでも決め付けて。傷付いて。それでも尚、悪いのは自分だけ? どんな加害妄想だ。
「でも実際そうなったら、俺は臨也に愛してほしいんだろうなって……はは、此処で言ってもしょうがないか。臨也に愛されないなら……どうしようか……また、」
「っ駄目」
また、なに。また毎晩のように違う男に犯されるというのか。絶対させないし赦さない。二度とそんなことさせるものか。
「俺からの愛は俺からしか貰えないんだよシズちゃん。気付いて」
今まで反応の薄かった静雄が僅かに眼を見開く。引き摺るようにしてマンションまで連れてくる。冷えた身体を温める為に風呂に入れたいがこの状態で入れたら何が起こるか判らない。ソファに座らせて毛布と暖房を用意していると、静雄はぼんやりと空中に視線を彷徨わせていた。
「シズちゃん」
毛布にくるまっている彼を見上げるようにして跪いて手を取る。まだちっともあったまっていない。
「よく聞いて。これは夢じゃないよ、現実に君は俺の家に居るんだ。俺が判るかい?」
彼の心の傷を軽んじていた訳じゃないけど、幾らなんでもこれはひどい。なんでも自分の所為にするのは、最早静雄の病気といって良い程だ。静雄が無表情でゆるりと首を傾げたので握る手に力を入れる。
「……お前は、どっちの、臨也だ……?」
どっち、というのは、夢か現実かということだろうか。刺激しないように一拍置いてゆっくりと口にした。
「俺は、現実の方だよ。シズちゃんを愛している俺だよ」
「……」
混乱しているのがありありと判る戸惑いの表情を浮かべる静雄はふと繋げられている手に視線を落とす。その眼が事実を把握し、そして拒否を起こすまでどれくらいかかるか。その前に先手を打つ。
「ねえ」
静雄の心は確かにどんな事でも吸収しやすい。だから、一度でも納得させれば脳がそうやって処理をしてくれるはずだ。俺が好きだと告げたあの日も、昨日までの付き合っている過程も、静雄はきっと疑いながら過ごしていたんだ。有り得ない、夢に違いないと。そんな彼が眼を覚まして俺と一緒に居るのに恐怖を感じるのは仕方なかったのかもしれない。
「君に対して、……『気持ち悪い』って言ったのも、現実だよ」
びくりと彼の肩が跳ねた。そのまま震え出すから、恐らく思い出しているのだと思う。そのままでは俺が以降何を言っても効果は無いので両手を纏めて握り締めて意識をこちらに向けさせた。
「だけどシズちゃんの事を愛してるって言った俺も、此処に居る俺も現実だ。どちらも夢じゃないんだ、どれかだけが現実でも無い」
言っている俺も、上手く伝わっているのか不安になる。静雄の思考回路は誰よりも複雑で、とんでもない事で喜んだり、何気無い事で怯える。
「……ど、っち、も?」
「どれも。全部、俺だよ」
一度、眼を閉じて息を吸う。握っていた手をそっと外して顔を包んだ。
「俺はシズちゃんを愛してるよ。嫌ったりしないから」
だから、ともう一度だけ言葉を切った。
「俺に愛されてないとか、愛されるわけないとか、そんなこと言わないで」
静雄の唇の端が少しだけ赤くなっている。自分自身で噛み切った傷。そっと撫でると、その唇が震え目線を上げる。
「今俺が見てるのは……夢じゃ、ないのか?」
もし本当に夢だったら、夢に向かってそう聞くのかい、君は。
苦笑しつつ傷付いた唇を労わるようにキスする。現実を信用する気になったのか、静雄も眼を閉じた。段々と深くしていきながら、頬を紅潮させ息を弾ませた彼の視線を絡め取って笑ってやった。
「俺は嫌ってなんかやらないよ。逆にね。離してもやらない」
それはシズちゃんが俺に望んできた唯一の事だ。
絶対に俺を離すなと。
彼が無意識に俺へ一番に求めたのは愛ではなく、己の束縛だった。俺が彼を捕らえている間は、安心出来るのかもしれない。
「……う」
初めて、静雄から手が伸ばされた。自分をとことん卑下する彼が。その手を取ることはなく、俺は待った。彼から踏み出して欲しかった。恐る恐る、静雄が俺の頬に指先を触れさせる。
「っ俺」
「うん」
「臨也のこと、考えながら寝ると、絶対あの夢見て……つらく、て。だけど現実のお前は凄く優しくて、よく判らなくなってた」
「うん」
「四六時中夢見てるような気分になるんだ、段々お前の言葉さえ信じられなくなって……いつか捨てられるに決まってるって……。でも臨也は優しいから、どっちなんだろって俺もわかんねえ」
でも、と続けた彼の言葉に俺は瞠目した。
「前にも言ったけど、俺は……臨也を信じたい」
常に俺に嫌われるんじゃないか、飽きられるんじゃないかと疑っている彼にとって、信じるというのは言葉以上の重みを持つ。軽はずみに言えることではないらしく、信じると言いながらそんなこと出来るだろうかと顔に不安の色が濃い。声だって十分怯えてる。
「……これは悪い意味じゃないんだけど」
微笑みながら、俺も泣きそうな声を抑えていた。やっぱり静雄は、純粋過ぎて。そして心に何かを抱えている。
「シズちゃんは、欲しがってはいるけど愛情が何かをまだ判ってないんだよ」
「……え?」
「じゃあシズちゃんにとっての愛って何?」
これは万人に対しても難しい質問だ。俺なら、人それぞれと答えるだろうか。静雄にそんな器用な真似は出来ないと判りながら、俺はあえて聞く。
「愛……?」
「そう。シズちゃんは俺からどんな愛が欲しいの?」
「え……お、俺は、愛されたいって、だけで……どういう、とか……あれ……?」
その愛されたいという気持ちを彼はまだ知らないだけなんだ。
「良いよ」
ぐっと腕を回して抱き締める。
「まだ判らなくたって良い。人間の言葉で表すのは出来ない事なんだ」
「そうなのか……?」
愛を与えたがる俺と愛を欲しがる静雄、その二人にこれだけの認識の差がある。痛んだ髪の毛を撫でる、少しだけ暖かい。
「だから、知って欲しい。俺と居る事で」
「臨也と?」
「明日かもしれないし、ひょっとしたら死ぬ直前に判るかもしれないけど」
それでも、と。静雄は整理しているのか、何度かえ、とかあ、とか言葉を吐きながら俺に抱き締められたまま首を傾げる。その時、俺の服を微かに引っ張る感触がして俺の鼓動が跳ねた。
「どうしたら、判るんだ? 俺は何時夢を見なくなるんだ。……俺は臨也が好きだけど、こんな、事が、続くのは……くるしい」
「……なら」
少しずつ俺に絆されて欲しい。俺を信じて欲しい。傷付いて悲鳴を上げている彼の心を癒せるのは俺だけだと信じてる。
「夢を見る度、俺に言って。絶対にだよ。俺が隣で寝てたら起こして良いし、池袋に居たら電話しても良い。何度だってシズちゃんが信じられるまで、今の俺を証明する」
少しだけ静雄が嬉しそうな顔をした、と思ったらすぐに眉を下げて俯く。
「それじゃお前に迷惑かかる……」
「迷惑かけても良いのが恋人でしょ?」
すると眼に見えて判るほどに赤くなる。照れるような場面だっただろうか、本当に彼の事は判らない。頭をかき抱いて軽く口付ける。俺の手の温度が、少しずつ静雄に移っていく。
「それじゃ、駄目かな?」
悩むように考え込んでいた静雄が、時間をかけてゆっくり頷いた。此処まで来るのにどれだけかかったか。ほっとして身体の力を抜きながらソファに押し倒すような形で抱き締めようとしたら、逆に突き飛ばすような勢いでソファに沈まされた。
「っ……!?」
……シズちゃんが俺に抱きついてる?
限りなく受身だった彼が、え。あれ、夢? 顔の横にある金髪に隠された白い肌が真っ赤に染まっていた。ポジションは上下逆な気がするけど今は突っ込まないでおこう。音がするくらいに背中に腕を伸ばして抱き締めれば、彼も恥ずかしそうに力を込めた。可愛いな、本当に。
肩口に欠伸を漏らした。今は何時だろうか。彼じゃないけど今日はもうソファで良いか。いや流石に狭いか。あと幸福感で忘れてたけど上にシズちゃんが乗ってると結構重い……。
「……臨也」
「なあに?」
声がくぐもってしまっているが極力抑えて平静を装う。重い瞼を誤魔化すようににっこりと形作って。
「眠い」
「俺も」
「寒い」
「外に居たからね」
「……」
そこでふと彼が顔を上げて俺の顔を見る。予想以上に赤く染まっていて思わず凝視してしまう。きゅっと結んだ唇を、戦慄かせながら静雄は要求を吐き出した。
「こ、此処で、寝ても良いか?」
「……うん?」
「だから、……えっと」
一瞬意味が判らなかったけれど、都合良く解釈してしまえばとても素敵な誘いを静雄が落としてくれるんじゃないかと俺は隠れて興奮していた。
「つまり?」
眠い、寒い、寝たい。
「の……泊まっても良いかっ」
身体を起こして馬鹿を言う口を塞ぐ。愛しさで眩暈がしそうだ。実際くらくらしている。今の彼はテンションが上がってるからこう言ってくれるのだろうけど、クールダウンしたら戻ってしまいそうだ。それよりも少し上向きになっていることを、期待して。
シズちゃんが俺を愛してるって言ってくれるまで、まだある温度差を少しずつ縮めようか。
同じになったら、ひとつになれたと思えるだろう?