「不幸の手紙?」
「そう。最近流行ってるよね」

携帯が普及し始めてからはそちらの方が主流になって、回る速度も加速した。でも眼の前に居る仏頂面の幼馴染には無縁かもしれない。

「知り合いに回さねえと死ぬとかいうやつ?」
「それそれ。まあ死ぬは極論だけど、住所特定するぞとかそういうの。静雄は貰ったことなさそうだね」

こくりと素直に頷く。静雄に不幸の手紙なりチェーンメールを送れるような猛者、というより命知らずなど存在しないに違いない。
僕がするにしても、からかいや冗談を含ませたってきっと静雄は不愉快になるに違いないし怒った静雄の所為でセルティとお別れするなんて御免だからね!

「高校生にもなってなにやってんだ」
「まあ信じない子も多いけど。やけにリアルを煽られるとさ、怖がって回しちゃうひとも居るのさ」

日付や住所が明確になっていたり読んだ人間の心情を利用したものだと、余計に悪質だ。実際にそんな凶悪な事件が眼に見える形で未成年に出回る訳がない。恐怖は近くに、判る位置にあるのだと思い知ったかぶって安心する。

「意味不明だったり奇々怪々な内容でシュールな奴も偶にはあるよ」
「ふうん」

実際に手に渡らない静雄には余りイメージ出来ない光景かもしれないと話題を終わらせようとした所で、幼馴染が不意に立ち止まる。
半歩先を行った僕が振り返ると静雄の肩に白い手が載っていて馬鹿正直にうわあ、と声を上げた。

「おはようシズちゃん」
「うぜえ」

朝から爽やかに挨拶を交わす間柄でもない癖にと肩を竦めて気にも留めない笑顔で代わりにおはようと返した。

「チェーンメールの話?」
「聞いてたの? 不幸の手紙の話だよ」
「うるせえどっか行け」

あからさまに邪険に扱う天敵に何処吹く風か、視線だけを僕に寄越して静雄を捕まえたままにしておくのだから馬鹿みたいなことをする男だと思う。中途半端は良くないね。

「色んな子が俺にこれは本当なの? って携帯持ってくるから、ひょっとしてシズちゃんのところにも来てるのかなと思ったんだけど」
あはは、君が発信源だったら簡単な問いだね! 静雄には来てないよ」

だれも回さないさ、とは口には出さない。それではまるで静雄に友人が居ないような呼び方になってしまうし、事実だったとしてもここは気を遣うべきだと思った。例え彼がそこまで気にしていなくても。

「だよねえ。だと思った」
「……お前なにしに来たんだ」

登校直後から喧嘩は避けたいのか、必死に沸点を越えないように静雄が声を抑えているのがよくわかる。音に地鳴りでもしているような響きがあるから。振り切れるまで時間の問題かもしれないとそっと一歩離れた。臨也の笑顔がなんか気持ち悪い。

「折角だから俺が渡してあげようと思って」
「は?」
「不幸の手紙」

そう言ってポケットから出したのは手紙とも呼べない折り畳まれたメモ書きだった。わざわざ直筆で書いてきたのだとしたら、引く。

「メールすれば良いのに」

そうしたらすぐ削除出来ておさらばだ。

「シズちゃんはガード固いからメアド教えてくれなくてね」
「当たり前だろ」

なんでてめえなんかにと呟くが、臨也が知らない訳ないじゃないか、静雄。

「だからはい。あげる」
「いらねえし」

臨也のことだから下手に達筆な字で長文小説のようなものが書いてあるかもと思うと興味が湧くと同時に笑いが込み上げてくる。静雄に不審がられるので必死で堪えるものの、そういうところに手を抜かないのが折原臨也だ。

「まあまあ。とりあえず読んでみてよ」
「……面倒くせえな」

内容が内容ならいますぐ射程距離に居る天敵に拳を振り上げるのだろう。静雄は渋々紙切れを受け取って無造作に開く。二つ折りのそれはやはり小さく、そんなに長い文章は書けなさそうだ。チェーンメールの性質から行くなら、もしかしたら静雄は僕に回してくれるかもしれないと期待した。セルティと一緒に爆笑するに違いない。

「…………」
「なに? なんて書いてあるんだい?」

静雄が理解出来ないような難しいものが書かれているかもしれないと、中二病な臨也を早く笑いたくて急かすが、静雄は完全に2秒ほど固まった後でそのメモを掌で握り潰してしまった。

「あー!」

と、残念そうな声を出したのは僕だけで、臨也は予想通りだったのか学ランに手を突っ込んだままにこにこしている。手の中で皺くちゃになったそれを、はっとした表情でびりびりと破り始めた静雄は見たことがないくらい顔が真っ赤だった。

「え? ちょ、なんて書いてあったの!?」

かなり動揺しているのか破り方が雑で、手の内からひらひらと廊下に落ちたそれに視線を落とす。黒のインクが散り散りでそのままでは読めないけれど、僕の非常に聡明な脳が勝手にパズルと化したそれを頭の中で組み立ててしまった。

「……『す』?」
「……!」

静雄は残った紙をどうするか迷いわなわなと震えた後、一瞬も臨也の顔を見ずに校舎の奥に走り去ってしまった。

「逃げられちゃった」

ちっとも残念そうじゃない臨也は大雑把に裂かれたそれの断片を拾い上げている。

「なんて書いたの?」
「告白」

それは好意を伝える意味でのあれ?

「そうだよ。あーあ、折角の不幸の手紙なのに」

ゴミと化したそれを見た臨也の表情には一片の焦りや戸惑いもなく、静雄をからかったのかいと笑みを作ったまま眼鏡の奥で睨んだ。

「悪意から来る悪意には静雄は慣れっこだろうけど、好意を装った悪意はタチが悪いよ。静雄は君と違って意地汚くないんだからさ」
「俺が悪逆非道な限りを尽くしたみたいな言い方だねえ」

演技っぽく両腕を広げた臨也だったが、始業のベルが鳴るまではまだ時間がある。

「静雄を追いかけてくるから。冗談だからって伝えとくから変なちょっかい出さないでよ」

あの子の機嫌を損ねて宥めるのはいつだって僕の仕事なのだから勘弁して欲しい。肩入れするつもりはないけど、移動教室も一緒の相手が不機嫌なのはこっちも居心地が悪い。

「あ、その必要はないよ」

俺が捕まえてくるからと鼻歌混じりに返され足が止まる。

「なんで?」
「告白の返事を貰いに行くに決まってるだろう?」
「冗談じゃなかったのかい? 不幸の手紙……というか変な恋文」
「変とは失礼だな。俺が真剣だったからシズちゃんは照れたんだよきっと」

わあポジティブー、と茶化したがつい流しそうになった言葉を呑み込めない。ふたりは犬猿の仲で、あれ?

「真剣なの!?」
「当然。ま、シズちゃんからしたら、俺からのラブレターなんて不幸の手紙そのものだろう?」

シズちゃんはなんにもわかってないから気付かせようと思って、と良いながら、臨也の意識はもう僕に向いていない。喧嘩する度にお互いしか見ていないふたりだけど、このふたりに関しては科学も化学も医療も僕の得意分野は通用しなさそうだ。

「……あんまりからかわないでよ」
「さあ?」

小走りに静雄が消えた方向へ去っていく臨也は、天敵がどこへ行ったのか知っているかのような素振りだった。授業前なのに若干頭痛がし始めた僕はセルティのことでも考えようとふたりとは逆方向へ歩き出した。



不幸の手ラブレター