暑さは軽減されるが、喉が潤される訳じゃない。アイスは不思議だ。舐めて表面を溶かしたそれを口の中に入れて、頬を窄めて吸い付けば一気に果汁が溢れて舌先が震える。着色料を念頭に入れればグロテスクな色をしているがこの甘さには代えられない。

「そんなエロい食べ方してさあ……」
「なんか言ったか?」

コンビニで俺の財布になった臨也は相変わらず俺に聞こえない独り言が多い。その本人は気分じゃないのか奢るだけ奢って俺についてきていた。暑いっていうのに真っ黒のポロシャツを着ている。炎天下に馬鹿じゃないのか。

「俺のことは良いから食べちゃいなよ。溶けるよ」
「変な奴」

しゃりしゃりと塊を口にしたいが、そうすると歯が冷たくて痛くなるから、頑張って滴が多くなったそれを吸う。棒のところに液体が溜まってきてこれは急がないと。上の部分も食べたいが……。そう悩んでいる内に、溶けだした果汁が指先に触れる。

「やべ」

ぶらぶらと臨也の前で振って持て余していた左手に持ち替えてすぐに指を舐めるが、これは呑気に堪能している場合ではない。仕方なく大きく口を開けて、ショッキングピンクのアイスバーを喉の奥まで入れる。人工的な苺味は甘くてとても好きだ。

「シズちゃん、ちょっと」

今まで口を挟まなかった臨也が突然視界に現れたと思ったら、腕を取られて家とは違う方向に歩き出した。

「お、い、何処行くんだよ、ってああっ」

衝撃で、ゆるく棒にしがみ付いていた着色料の塊が地面に落ちた。あれではすぐに蟻が群がるに違いない。

「てめえ勿体ないだろ! どうしてくれんだよ!」
「幾らでも後で買ってあげるから!」

後姿なお陰で表情が判らないがどうも切羽詰っている声だ。トイレにでも行きたいんだろうかと呆気に取られる。

「おい、トイレなら俺ン家の方が近い……」

店の横にある狭い路地を臨也は通って、どんどん辺りが暗くなる。催した訳じゃないならどうしたんだ、何処に行くんだと若干心配になってきた頃、くるりと振り返った臨也は怒ったような顔をしていた。

「シズちゃん!」
「な、なんだよ」

こいつが怒るような事をしたか? 別に無理やり奢らせた訳じゃないのになんだろう。ぐるぐると不安な色を隠さない俺にやはり臨也は怒った……というより癇癪を起したみたいに唇を曲げる。

「俺の隣で! 他のものぺろぺろしないで!」
「……は?」
「シズちゃんの癖に食べ方が可愛すぎるって言ってんの!」
「……」

シズちゃんの事だから、豪快にバリバリ食べるのを予想していたのに、なんだよ女子供みたいに舌先で舐めたりして! 俺も舐めろよ! とガキみたいな顔をして言ってきたのだけれど8割くらい理解出来なくて正直に訳が判らないと首を傾げる。

「キスしたってシズちゃんからべろ使ってくれないじゃん!」
「……あーキス……キスね……ん?」

臨也は無駄にキスが好きな事を俺は知っていた。付き合って半年も経つのだから別に不思議じゃない。隙あらば鳥みたいに啄むようなものを、そういう雰囲気の時は舌を絡めるような濃厚なものを。思い出したら急に恥ずかしくなってぶわっと顔が赤くなる。

「お……お前いきなり何言い出すんだよ……!」

俺自身もよく判っていないが、そういった想像にまで発展してしまった罪を臨也に擦り付ける。目線が低い位置にある臨也の顔がいきなり近付いてきて、肩に重みが走ったことに気付いた時には、もう目の前に臨也の顔があって。

「べろ出して」
「な、な」
「偶にはシズちゃんから良いでしょ。アイス買ってあげたでしょ」

でしょでしょってなんだよお前、てかそのアイスはさっきお前の所為で駄目にしちまったのに、と眼で訴えても顔が近付いてくるだけで効果なし。迷っている間にも気温とは関係なく臨也の眼に宿る熱情に負けて、恐る恐る口を開ける。舌先が僅かに覗く程度に。

「もっと」
「……」
「もーっと」
「っどんだけ開けりゃ良いんだよ!」

一旦喋る為に舌を戻すと、まるで口の中を覗き込むように臨也が背伸びする。唇に指が触れて、紅でも引くような仕草で線を書いた。

「食べちゃうよ」
「……」
「あーん」

ふざけてんのかこいつと熱くなった頭で思うが、変なところに火がついたらしい臨也はやめようとはしない。仕方なしに、雀の涙ほどだが先ほどよりも大きく口を開けた。

「舌も出して」

そんな馬鹿みたいな面を晒せというのかと、堪え切れずに目線を逸らす。耳元でしょうがないなあと声が聞こえたのは、俺が顔を背けたから。頬を包まれて臨也の舌が吸い付いた。

「ん……」

半開きの唇を易々と割って、肉厚な舌が歯茎をなぞる。ぶわりと、慣れない所の愛撫に寒気と思いたい快楽が翔ける。だけれどいつもと違って直接舌には触れようとしてこない。知らない内に閉じていた瞼を薄らと開ける。刹那の間だけ絡んだ視線に、臨也の眼の形が笑うように作られた。怖気づいて引っ込んでしまっている俺の舌に少しだけノックされる。待つ、気か。

「……ふ」

どうしよう、どうすればいいだろう。自分からなんてしたことがない。穏やかな口付けは、臨也がいつも欲望の炎に火をつけていた。ただ固まって、されど呼吸も出来ない。くるし、い。

「は……いざや、ぁ」

情けないSOSが口から零れて、俺の方が年上なのにとありもしないプライドを主張した。数度呼吸を整えてから、まだ押し付ける。やけになって隙間から震える舌を差し出した。臨也の手が頭に回されて、かき抱かれた状態は暑くてしょうがないけど。

(臨也にさわってる、舌、が、)

一番熱いだなんて言えるものか。他人の唇を舐めるなんて経験全くなくて、いつも臨也から施されるそれは無我夢中だから、意識したことなんてなくて。
手本は臨也しか知らない。絶対に眼を開けないようにして、思い切って奥まで伸ばしてみる。痙攣したみたく自由がきかないそれは止まってしまってもう全く動かない。意を決してやった行動だったのに、臨也は耳を塞ぎたくなるような音を立てて唇を離してしまった。

「戻ったらゆっくり教えてあげる」
「あ……」
「予定変更。俺の家に行こう」

でも、俺ン家でゲームするはずじゃ、なんて。固まった頬の筋肉が言えたことじゃねえと、腕を引っ張って歩き出した臨也の手を振り払う。心なしかさっきから臨也の顔が赤かった。

「そっちじゃ、ねえだろ……」

ちゃんと手を握れ。
そう言えば臨也の機嫌はよくなるから。優しくしてくれるだろう、って。

「うんごめん、間違えた」

しっかりと握られた手に無愛想な顔を作りながら、そんな打算的な目的じゃない。
単純にアイス食べてた時から手がもの悲しいと思ってたんだよ。気付けよ、アホ。


ひょっとして、キスが好きなのは俺の