臨也はこう見えて臆病なのだ。たったひとりのことになると、培ってきた自信がなりを潜める。最近では精神的に疲れているのか、恋人に会っても表情はむすっとしていて面白くない。長いデスクワークに凝った肩を持ち上げて伸びをすれば、ソファから立ち上がった金髪が待っていたようにこちらに視線を向けた。
「お疲れ」
「まだ終わってないよ」
いちいち言わせないでよとでも言いたげな声音に、静雄は悪かったと眉を下げた。しおらしい彼など中々お眼にかからないゆえに、八つ当たりしていた自分に気付いて席を立つ。彼が此処にいることを、当たり前だと思ったら負けだと思い出した。
「ごめん」
「俺も無神経だな」
出直すと小声で呟いて本当に帰ってしまいそうな素振りを見せた彼の腕を乱暴に掴んで引っ張り上げる。重心移動の最中だった軽い身体はあっさりとこちらに倒れてくれて、披露した腕に熱烈な重みがのしかかってきた。
「文句とか言っていいんだよ」
「……なんだ、それ」
「放置すんなとか俺に当たるなとか」
「別に良い」
腕の中の彼はぎこちない。俺の恋人、と臨也は豪語するけれど実際はどうなのか判らない。彼に付き合っている意志があるのかも判らない。好きだという気持ちだけは貰っているけれど。不安な気持ちをぶつける相手がおらず、仕事に打ち込むようになっていたが、静雄を顧みないなんて本末転倒もいいところだ。
「帰ったら何処に行くの?」
「家に、決まって」
「嘘。あいつの顔でも見に行くんじゃないの……」
静雄は二股をかけている訳ではない。きっと本人の中じゃ、臨也の頭に浮かぶあの少年も等しく好きなのだろう。両方、好き。
「思ってくれなきゃ嫌だよ……」
「……臨也?」
「文句も言ってくれないような、他人行儀な態度は嫌だ。シズちゃんは俺の……」
ごつんと額に衝撃が来る。合っていなかった焦点を束ねれば静雄が微笑んでいた。合わさった額は自然と赤くなって、こんな近くで顔を見るのは久しぶりかもしれないと軽くショックを覚えた。
「お前やっぱ疲れてんだよ。休め」
すぐ傍にあったソファに引き倒されて、逆光から静雄の微笑が強く眼に残る。まるで押し倒されているみたいではないかと先ほどとは別の意味で眉を寄せると、体勢を直した金髪の青年がぽんぽんと膝を叩いた。
「……なに?」
「や、俺にもなんか出来るかもと思って」
頭の良い臨也が察するのにそこまで時間はかからなかったが、やや信じられなくてじっと静雄の顔を見つめる。
「……帰った方が良いなら」
「いやそのままで」
流石に羞恥心はあるのか頬を軽く染められ、横顔しか見せてくれない。願ってもないチャンスだと思う事にして臨也はいそいそと場所を変えて頭を載せた。
「寝るまで居てやる」
「……なんか優しいね」
優しすぎるのも裏があって怪しい。臨也にはやはりあの恋敵が浮かぶが、じっと見つめている視線を遮るように、静雄の大きな手が瞼を覆い隠した。
「見ンなよ……」
「シズちゃん?」
声が震える。その実、臨也よりも複雑怪奇な思考回路を持っている彼は、予想だけれど泣いているようだった。
眠ってからもういっかい話そう