この手が俺を縋ってくれるようになるまでどれだけの時間を使ったか。
苦労もしたし、深く悩んだ。俺のやっているすべてが間違っているんじゃないかというくらい。好きだよと、魔法のように。あるいは呪いのように。窮屈な体勢だったが、目尻に溜まった涙を指先で拭ってやれば濡れた睫が開いて、瞳が俺を捉える。

「い、ざ……」
「落ち着いた？」

真っ赤に、痛々しく腫れてしまった目元を何度も撫でてやる。なるべく繋がった場所を動かさないように身を乗り出して髪に指を通す。シーツに縫いとめられている静雄の両腕は引き裂けそうなくらいに力が込められていた。

「動くよ？」

一々確認を取らないと怖くなる自分に苦笑するが、涙で視界が滲んでいる彼には見えないだろう。息を吐いてから頷いたのを見て取ってゆっくり腰を揺らす。久しぶりだからだろうか、十分に慣らしはしたがかなり窮屈で気を抜けば持っていかれそうだ。

「ひゃ……いっ、あ」

静雄の頬に、髪に、額に。満遍なく口付けを落とせば、嬉しそうに眉を震わせながらも漏れ出た喘ぎ声が嫌なのかきゅっと唇が結ばれる。毎回の事だが、情事中に余り彼は声を出そうとしない。

「んんっ……」
「シズちゃん」

器用に腰は動かしながら、指輪をした指で唇をなぞる。そうすれば少しだけ開かれて、赤々とした唇が僅かに覗く。俺と付き合うまで口淫はした事がないらしい静雄の舌遣いはたどたどしくてお世辞にも巧くはないけど。舌も、唇も、俺の為にとっておいてくれたのだと嬉しくなる。歯列を擽る俺の指の所為で、強く抉った際に堪えきれず高く啼く。飲み切れなかったのか、唾液が纏わりつく指が熱い。舐めろとは言っていないのに、回らない舌で必死に愛撫しようとしてくれる彼をいとしく思いながらゆっくりと引き抜いた。

「……あ、い、ざっ……んあ！」

余り激しくは動いていないのに、耳を傾ければ結合部からの音がよく聴こえる。必死にそこを見ないようにしながら静雄はやや顔を反らして過ぎた快楽を逃がそうと身を捩った。

「ね、シズちゃん」

瞳が動いて俺に焦点を合わせようと揺れ動く。妨害したい訳ではないが、彼の一挙一動作に、そそられる。好きな場所を突けばまたぎゅっと眼が閉じられるが、俺は執拗に促すのだ。

「声聴かせて」
「う、……はっ……い、やだ」

怒ったような顔をしたと思えば、次には悲しげな表情を作る。ああやばい、止まんないかも。
静雄が浮かべるこの色合いが好きだ。ぐっと身体を倒して、もっと俺を感じられるようにと腰を掴んで引き寄せる。

「ふぁ……ん……ら、や、んんっ」
「俺はシズちゃんの声、聴きたい、よ」

熱を込めてそう言えば、水の膜を張った静雄の眼が僅かに見開かれ、お願い、のついでに強く強く打ち付ける。シーツを掴んでいた手が離れ口元に誘われようとしているので、上から捕まえてキスを仕掛ける。きゅう、と繋がった場所が強く締め付けられたのは多分気の所為じゃない。こんな時でも君はキスが好きなんだね。

「塞ぎたいならキスしてあげる」
「あっ、あ、や、そこ……！　だ、はぁっ……いざや……！」

静雄の力は強いから、自分の口を押さえたらきっと傷付ける。その唇は、規格外の身体の中でも柔らかい事を俺は知っているから。

「何か掴みたいなら」
「っんん、あ……で、も……でも、あ、ん……！」

俺に触れる事を怖がって、厭う君が怖くないように、その手を導いて首に回させる。至近距離で、静雄の眼に怯えが映るのを見て、快楽で歪む顔をなんとか笑みに作り変えた。

「俺に、縋って」
「ふぁ、あっ、俺……いざ、が……臨也ぁ……！」
「大丈夫だよ」

その手で、俺に触って。俺を感じて。震える手を俺に向けて、それが回された時。やっと手に入れたと思えた。一度は手放してしまったこの存在を。あの時と同じように、俺の名を呼んで、俺に縋って、俺に愛してと身体が、心が叫ぶ。俺も口付けながらぎゅっと抱き締め返すと、嬉しそうに眼が弧を描いた。
君の事を迷惑になんか思わない。嫌いになってもやらない。限界を訴える余裕もなく、静雄が欲を吐き出す。歯を食い縛りながら抜こうとすると、回されていた腕に引き寄せられ静雄からキスされた。

「中、で、良いっ……」
「っ……！」

捕食の許可を得た俺は乱暴に静雄の身体を揺すってそのまま中に吐瀉した。この虚脱感と高揚感には、別の気持ちも付加されている。倒れ込んで俺よりも疲れて呼吸を整えている静雄の頭を抱えた。

「俺……今、すっごく幸せだよ」

火照った頬に唇を押し当てて、嬉しかったり恥ずかしかったりころころ表情を変える彼を見る事で余韻を楽しんだ。



処理も済ませ、軽く汗を流して部屋に戻ると、着替えもしていない静雄がうつ伏せでうとうとしていた。意識はほとんど夢の中のようで、俺がベッドに近付くと薄目を開けたが、本当に見えているのだろうか。

「こらシズちゃん、そんなんじゃ風邪引くよ」
「んー……眠い」

予め用意しておいたワイシャツを寝ぼけている彼に強引に着せる。その名の通りの着せ替え人形を支えてシーツの皺を伸ばして寝かせ、更に布団もかけてやる。夜はまだ冷えるのだからと、心配から小言を呟く俺だが、どうせ本人は聞いていまい。初めて彼が此処に泊まってからようやくふた月ほど。穏やかな呼吸を漏らす横顔を見つめながら電気を消してベッドに入ると、ぼんやりと静雄が眼を開けた。

「寝ても良いよ」
「……」
「どうしたの？」

何か訴えたそうな目線を感じて、暗がりでも見えるように顔を近付ける。とろんと落ちた瞼から、やはり相当眠いのだと判る。すると、前触れもなく、シズちゃんが俺の手を握った。
自分から俺の肌に触れてくるなんて滅多にないので眼を見開くと、取った俺の手に唇を寄せてそのまま包む。どきどきと頬に熱が集まるのが判る、寝ぼけているから無意識の行動かもしれないけど、彼が、自然に俺に触ってくれたことがとても嬉しくて。

「シズちゃ……」
「か……」

ふにゃりとゆるんだ笑みで、シズちゃんは半分夢の世界で呟いた。

「なんか……愛されてるなあって……おも……って……」

――……やられた。
そのままの姿で今度こそ静雄は眠りに落ちて。反対に俺の意識は完全に覚醒してる。愛を知らなかった彼が、俺に愛されてるって。愛されてるって、判る、理解してる。ゆめうつつの中ででも、俺を。

「……そうだよ。俺は、君を愛してる」

そして、君からの愛を、俺はきちんと受け取っているよ。
握られた手をそのままに。未だ誘ってこない眠気に文句を唱えながら、シズちゃんとの温度がひとつになる気配を感じた。


「愛してるぞ」「愛してるよ」それ以前に君が好き！