兄弟というのは家系図からも判る通り、親との上下の関係とは違い横の、平行線にある関係である。幼少の頃は親からの愛情を取り合い喧嘩をするものだ。それは歳が近ければ近いほど如実で、俺の場合双子だったから、顕著に表れた。
しかしそれも小学校に入ろうとしている歳になればやがて収まり、中学生にもなれば逆に親を鬱陶しく思う。ただ世間一般の反抗期がまだ来ていない俺はただ両親への感謝と当たり前の愛情を抱いていた。

「臨也、静雄、もう遅いから寝なさい。ほら、ゲームばっかりしていないで」
「はあい」
「はーい」

母親からそう注意されれば、なんとも素直に従う辺り我ながら手のかからない子供だ。テレビゲームを片付けて二人揃って寝室に向かう。扉をぱたりと閉じた瞬間、同時に手を付き付け合った。俺はグーで、奴はパーだ。

「ぐ……」
「はーいシズちゃん、今日も俺が上ね」

にっこりと笑った双子の兄弟が、まるで王座にでも昇るかのように二段ベッドの上に這っていった。兄弟というのはひとつしかないものは絶対に取りあう。小学校の高学年の頃、俺とこいつの要求で両親はこのベッドを子供部屋に買ってくれたが、どちらが上か下かで初日から大喧嘩した。くだらないが子供にとってこういうのは非常に重要な問題であって、毎晩俺たちはじゃんけんで上下を決めていた。

「おい! 一週間連続でお前じゃねえか、ちょっとは遠慮しろよ!」
「えー? シズちゃんからじゃんけんで決めよって言ったんじゃん、俺、不正行為はしてないし?」

嫌味な顔で笑うこいつは、二卵性双生児で俺の兄(らしい)。顔も中身も全く似ていないが、欲しがるものは大抵同じだった。まあ、幼い故の当たり前の欲求かもしれないが。

「うるせえ! なんだ、そう、ものには限度っつーもんがあるだろ、毎晩毎晩自分ばっかりで悪いとか思わねーのかよ!」

俺がもう少し大人だったら素直に引き下がったかもしれないが、こちとら毎回負かされて、暗い下段に入り込まないといけないのには腹が立っている。上で寝たのは2割くらいの少ない回数で、いい加減こちらとしても文句を言いたい。顔を真っ赤にしながら怒る俺に臨也はくすくす笑う。

「そんな我侭言われてもなあ。じゃんけんなんて運の世界なんだから俺にはどうしようもない」
「うっせえな、もう良い!」

『うるさい』は相手の発言が的を射ていると自分で自覚しているからこそ繰り返し出る言葉だ。すっかり機嫌を悪くした俺は蹴り飛ばす勢いでベッドに昇り、布団を頭から被って不貞寝を決め込む。若干の居心地が悪そうな間を置いて、臨也の声が上から降ってきた。

「シーズーちゃーん。ごめんよー、謝るからさ。じゃあ今日代わってあげるから」
「良い! 要らねえよ!」

譲歩されるのは絶対に嫌だった。俺は正当な方法でその場所を獲得したいのであって、譲られるのはプライドが赦さない。ひょっこりと上から顔だけをぶら下げた臨也も、背を向けて丸まる俺に溜め息を吐いた。

「ならさ」
「嫌だ!」
「一緒に寝よ?」
「……」

その発想は無かった、と一瞬でも思った時点で俺の負けだ。臨也が足早に階段を下りてきて俺を揺さぶる。むすっとした顔で布団から出ると、対照的に嬉しそうに臨也が俺を引っ張った。細い階段を先に昇ると、後から臨也も上がってきて俺に抱きついてきた。

「お、おい」
「シズちゃんと一緒に寝るの何年ぶりだろー」

両親と同室の部屋で寝ていた頃は、それが当たり前だった。二人の帰りが遅くて心細い時は布団を頭まで被り手を握って眠った。流石に中学生にもなって身体が大きくなり、あの頃のように伸び伸びと腕を手足を解放する訳にはいかない。俺が端に寄ろうとすると、寒いと文句をぶつぶつ言う臨也が後ろから俺に腕を回す。気恥ずかしさから背中を向けている俺にくすくすという笑い声が聞こえてきた。暗闇だからよく判らないが、臨也の呼吸が背中に当たってくすぐったい。

「ね、シズちゃん。まだ眠くない?」
「……? おう」
「じゃあさ、フランツ・グリルパルツァーって知ってる?」
「グリルパーティ?」

間違ってもそんな風には聴こえなかったが、そう仄めかされる部分があったので茶化して答える。臨也はなおもくすくす笑いながらもう一度名前を繰り返したが、生憎横文字の名前なんてピカソだとかバッハくらいの小学生の教科書に載るレベルしか知らない。

「オーストリアの人なんだけどね。劇作家で、その作品の中に『キス』があるんだけど、まあ、知らないよね」
「俺が歴史に興味があると思ってんのか」
「ううん。で、その詩には身体の色んな部位にキスする意味が綴られてる。例えば、額にするキスは友情のキス、とかね」

日本じゃキスを挨拶にする風習なんて無いが、テレビで外国の番組が放送されていると、恥ずかしげもなく頬や額にキスしているシーンが流れる事がある。その事を呟いたら、「頬にするのは思いやりのキス」と囁かれた。
中学生にもなってキスを連呼するのは些か恥ずかしく、ぼかして答えていたのだがこいつはぺらぺら喋れる辺り、まだ餓鬼なのか。それとも俺より一回り以上大人なのか。若干腹が立つ。

「何が言いたいんだよ。眠くなってきたぞ……」
「まあまあもうちょっと。なら、愛情の意味でするキスって何処だと思う?」
「……」

愛情? 好きだ、愛してるって時にするキス? 改めて問われると難題を吹きかけられているような錯覚に陥り、うーんと唸ると臨也はまた笑った。そこで閃き、身体をくるっと反転させると臨也の顔の眼の前でぽんと両手を打った。

「口だ」
「正解。シズちゃん」

意味深に切られた言葉を追うように「ん?」と微笑むと、少し身を乗り出した臨也が無防備な俺の唇に自分の唇を押し当てた。吃驚して固まった俺に笑いかけるとそのままぎゅっと抱き締められた。

「愛してるよ」
「〜っ……!」

なんだ、こいつ、ベッドに乱入した事をやっぱり根に持ってんのか? 熱を持った頬を隠すように布団をがばりと持ち上げるが、背中を向けようとしてもがっちり捕まえられているからそれは叶わない。声を出すのも恥ずかしい俺の、少しだけ出ている髪の毛を臨也が撫でた。小さい頃に両親が居なくても二人で抱き合えば眠れたあの日よりも、大きくなった手をこっそりと繋ぎながら。


若さってすべて赦される過

*
匿名希望さまリクエストで「臨静で双子パロ」でした。
グリルパルツァーのキスの格言はイザシズで書きたい要素だったので、この機会に。
歳やシチュエーションなどの記載がありませんでしたので、こちらの判断でほのぼの、中学生とさせて頂きました。ご了承くださいませ。

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