性描写につき義務教育中の方は回れ右です。
保健室のベッドは、事務的な匂いがした。暇を持て余した保険医が頻繁に干しているから、微かに陽の香りが漂うが、なんといっても固い。誰とも知れず、異性かもしれない誰かが此処で真っ青になりながら寝転んでいたかもしれない。個人的にはトイレの次に汚れていると思っている。幾らシーツを取り替えているとはいえ、不特定多数が寝るんだから。
「っう……ぁ……」
身体はベッドの上、背中は畳まれたままの固い掛け布団に押されている。気休め程度のプライバシーを守る為のカーテンは半開きだが、保健室の鍵が閉まっている事は知っていた。俺に覆い被さる奴が何処から調達したのか、タブもキーホルダーも何もついていないスペアキーで無断進入し内側から鍵をかけたのだから。何故、滅多にしかお世話にならない保健室の合鍵を持つ必要があるのか? と聞けば、「こういう時の為だよ」と薄ら笑いを浮かべられた。
「ひっ」
「この状況で上の空? 大した根性だねえ」
ぐ、と奴の籠められる力が増した。痛いぐらいに食い縛った歯は発熱を持っているんじゃないかというくらいに神経が張り詰めていた。握り締めたシーツには皺が寄ってこれでは残ってしまう。
「い……ざ、や」
「せっかち」
催促した訳じゃねえと睨んでも、俺の息が上がっている事にほくそ笑みながら、臨也が身を乗り出して肉厚を押し付ける。無遠慮に忍び込んできた舌がエナメル質を舐め取るのに、元々肺に入っている酸素が少ない所為で思考が回らずついていけない。自主的に俺は両の腕をシーツに縛り付けて抵抗の手段はひとつも無い。舌を噛むという選択肢は、最初から、無い。
「は……あ、ぁ……」
「もう、我慢出来ない?」
唇の拘束から逃れても、一度開いた口は中々閉じてはくれない。このまま流されて、どろどろの欲に溶ける事が出来たらどんなに楽か。こいつもそれを狙っているのか、さっきから良い所ばっかり触れてくる。認めたくは無かったが、長引くのは俺に損の天秤が傾くとおぼろげな理性で考え、弱々しく首を縦に振った。
「まだ駄目」
「んぁあっ」
思わず声が裏返る。何の為に、授業中に抜け出して保健室でこんな事しなくちゃいけないんだ。溜まってなかった訳じゃ無かったが、我慢出来なくなったら家で、自分で、一人で、すれば良い。清潔なシーツを汚す背徳感に背筋がぞくぞくする。それを人は俗に興奮していると言うが、そこまで頭は回らない。
根元を押さえられてくぐもった音を喉から発しながら眼前の臨也に視線を送る。無理な体勢の所為で太ももの筋肉が痛い。
「勿体無い」
この行為を、早々に切り上げる事が。臨也の弧を描いた唇を見て、そう理解した自分の発想に嫌気が差す。なんだかんだで俺もこいつを知っている。
最近、こいつは俺に触れてこなかった。普段なら色々理由をつけて俺に付き纏うのにそれも無く。臨也によって教え込まれた快楽は、別に臨也相手じゃないと処理出来ない訳じゃない。放置しているあいつが悪いと言い訳を味方につけて俺も臨也に触れなかった。だが、身の内で燻る火種は俺を掻き立て、そろそろ我慢がきかなくなっていた。狙ったように臨也が俺の腕を引いたのは、つい15分ほど前の事だ。
「や、め……ひ、ぁあ……!」
臨也の舌が、今度は俺の耳を這う。囁かれた誘いにまんまと引っかかった俺は若干の後悔も抱いていたが、俺以上に社会のルールを知っている臨也が本番まで行くとは思っていない。思ってはいないが、その分俺で楽しむつもりか。
自慰すら最近じゃ全くしていなかった。臨也が俺に触れなくなってから、ぴたりと。しても良いという、俺の意思だけで決められる行為だったのに、そんな気に少しでもなる度、臨也の顔がちらつく。顔だけじゃなくて、声も、手つきも。俺に触れるすべてが臨也のものに思えてきて、とても出来なかった。普段以上に荒い息と、半開きの唇がその代償だ。
「あ、あっ……」
感触を忘れかけていた快楽が、濃度を濃くして俺を襲う。臨也の憎たらしい薄ら笑いすら、今は視界に入れることもなく、ただ臨也が上下に弄ぶ右手だけの形がはっきりと判った。此処が学校だという事も全部忘れて、俺は最早流されていた。
震えながらシーツを、破る限界まで握り締めていた合わせを解き、臨也の学ランに縋り付く。まるで舌鼓を打つように、臨也の舌が俺の耳元で音を響かせる。卑猥なご馳走にまだ足りないと癇癪を起こしながら。俺の態度に機嫌を良くした臨也がそのままの姿勢で、何時もの言葉を落とした。
「イきたい?」
恥ずかしくて、肩肘を張るような格好でこくり、こくりと頷く。すぐ横の臨也の口元が歪むのが、滲んだ瞳にぼやけて映る。
「……っ、あ、あ、やぁ……あぁ!」
抑えがきかなくなったのは快楽だけでなく声も。戒めの解かれた時に視界が閉ざされ、漏れ出た声を隠すように臨也が俺の唇を同じもので塞いだ。
「――っ!!」
乱れた呼吸を直しながら、未だ強く臨也の服を握っていた事に気付いて指を離す。やはり皺が寄ってしまい、若干申し訳ない気分になったんだが、それ以上の事をされたんだからこれぐらい安いだろうと顔を背ける。
「……なあ」
俺が出した白濁で汚れた自分の手を眺めながら臨也はまだ笑っていた。こいつに笑っていない時なんてあるのか?
「なんで、今までしなかった癖によ……」
「ああ、そのこと?」
遠くで聞こえたチャイムを意識の外に追いやりながら、べろりとそれを舐める臨也に驚いてやめろと腕を伸ばすと、それは此処に連れてこられた時のように軽やかに奪われた。
「シズちゃんが物欲しそうな眼で俺を見るのは、堪らなく興奮したからね。少しくらい焦らしたくなったのさ」
「っざ、けん……」
昇った血が一気に沸騰しかける。俺の手にどろりと精液が纏わりついた手を絡ませ、起き上がりかけていた上半身が固い布団にダイブする。
中途半端に脱がされていた制服の隙間から反対の手を入れてひと撫でされる。ぶるりと震えたのは、驚きや寒気からだけじゃない。
「俺の為に禁欲してたシズちゃんが、可愛いのさ」
ろくに浮かばなかった反論の言葉は、臨也の口付けに呑み込まれる。廊下は既に、少しずつ移動教室の生徒で騒がしくなっているのに。俺の意識はそちらに向ける事すら赦されない。
俺から呼吸を奪うこの行為に眩暈がする。暫くその砂糖が吐けそうなキスに、不本意ながら酔っていた俺は、太もも辺りに触れた熱い感触に眼を見開く。「でもね」、と、臨也は唇を離して、直接俺の唇を舌で舐めながら、何時もより数段ひどい顔で欲望を囀る。
「我慢は良くないよ?」
押し付けられた固さにぞっとした。酸欠の所為で、此処は学校だぞ、とか、まさか正気か、とか、そんな当たり前の言葉さえ吐き出せない。
物言わずただ臨也を見つめる俺を肯定と受け取ったのか、飛び切り嬉しそうな顔をする。嗚呼、こいつ、こういう時だけ人間みたいな顔しやがる。
「お互いね」
明確な意思を持った指が蠢いた。
学生ロマンの特権